小さな星(新美南吉 詩)
彼ハ小さな星です
片隅にまたたいてゐます
太陽の雄弁もありません
月の抒情も持ちません
金星の魔術もないのです
彼は小さな星です
花屋が落していつた菫ノ一輪です
少女がすつた燐寸の一本です
草の葉にかくれた子供の蛍です
夜 それぞれの星が それぞれの
沈黙で歌ふとき
遠い太古、深い森、
黒い海、大きな炎、
戦争やときめく心臓のことなど
歌ふとき
彼は小さな星です
小さい虫や小供のことを
うたひます
咳をしながらとぎれとぎれに
うたひます
風が吼える晩や
霧が湧く夜は
どつかへ隠れてしまひます
月が照らす空や
窓の明るい街では
自分の火をふきけしてしまひます
彼は小さな星です
梢の小枝にひつかゝつて
小さい眼をしばたたいてゐます。